昔つきあっていた人がまた酔っぱらって電話をかけてきた。もう眠いと言うと、「別れたら冷たいもんだね」と言う。
先月は「やさしいね」とか言ってたくせに、と思って、苛々して電話を切った。
なんでこんなに苛々するのかと思って、ちょうど会った友だちにその話をした。私たちは旅先の町を歩いていた。
友だちはその土地の名物の店を目で追いながら、「『別れたら』で一括されたからじゃないの」と言う。
言われてみればその通りで、私が彼に苛立つのは、私が冷たくした理由を「別れたから」としか思っていないからなのだ。
十年前から先月までほとんど無関係で、誰かの結婚式で見かけたくらいだったんだから、冷たくして当然だろ、と思う。
「状況もそうなんだろうけどさあ、ほかの別れた人と一緒にされるのが嫌なんじゃないの」
友だちは暢気に言う。
びっくりした。
それから、そうかもしれない、と答えた。
そうかもしれない。
折に触れて近況を報告して、お互いの幸せを願っていて、そのことを注意深く伝えていて、切り離せない人生の一要素であるような人と、最初からそんなに深いつきあいでもなかった上に、十年もしてから都合の良い言葉だけ欲しがって電話をかけてくるような人を一緒くたにされるのが、とにかく嫌だったのかもしれない。
「まあ『昔つきあってた人』なんて人数が少ないから、ピンポイントで一緒にされたみたいで嫌なのかもしんないけど、自分が思ったような扱いを受けないときに個人のせいじゃなくてカテゴリのせいにするのはよくあることなんだから、見逃しておいたほうがいいと思う。そういうのってたいていの人に必要なことなんだし」
友だちはガイドブックに目を落としながら、わりとどうでもよさそうに言う。
「新卒で就職できなかったのは氷河期世代だから。しかも女だから。担当する仕事の予算を減らされたのは、このあいだ政権が変わったから。あの人とうまくいかなくなったのは、育った環境が違ったから。状況が良くなかったから」
並べ立てて、そんなの嘘でしょと友だちは言う。同じ条件でも最初から望むところに就職して、組織全体が不調でも自分の予算は確保して、誰とでも上手くいっている人は、ちゃんといるでしょ、と言う。
「言い訳なんだよ。ねえ、そういう言い訳、欲しくない?私は欲しいな、とっても欲しいな、同じカテゴリで別の結果を出している人がいたって知らん顔して強弁して属性のせいにしたいな、私は悪くない私は悪くないって思いたいな」
私だってそうだ、もちろん。
そう応えると友だちは横目で私を見てちょっと笑う。
「一緒にすんなって思うのもわかるけどさ、そういうのいちいち指さして糾弾してると、そのうち自分の逃げ場がなくなるよ」
友だちがちょっと笑っているのは、忠告じみた台詞を口にするのが恥ずかしいからだと、私は知っている。