see/pass you again

Jan 9

「自己満足」という非難を受け取るたびに、自己満足とはなんだろうと思う。私は他者を満足させることを望むけれども、それは大勢の他者のごく一部を偶発的に満足させることができればうれしいという、淡い願望にすぎない。

自己満足を非難する人は、世界中の人を満足させろと要求しているのではないと思う。ただ自分を満足させろと要求しているのだと思う。非難された側が匿名の誰かを確実に満足させるには世界中の人を満足させるしかないと推測することはない。自分が特別で、自分の脳を少しでも働かせたものが自分を満足させるのは当然だと考えているからだ。あるいは自分がさまざまな他者の満足度を知り、不足があれば断罪すべき立場にあると考えているからだ。ほかに解釈を思いつかない。

自己満足自己満足と彼らは非難する。自己満足でインターネットに文章を書いてどうしていけないのだろうと思う。あなたを満足させないことのなにがいけませんでしたかと私は訊いてみたい。もしかすると彼らは彼らの世界の王さまで、彼らの世界の私はそれを知らない無知な奴隷なのかもしれない。私はその幻想を見たい。そのディテール、その成り立ち、その機能をつぶさに見たい。彼らの玉座、彼らの王冠、彼らの王都、彼らの法典を見てみたい。