2011年11月14日
十九時に退勤して美容院を経由して二十三時に帰宅し、えぼ鯛の干物を焼く。ブロッコリーをレンジで加熱し粗熱をとって小房に切り鰹節とぽん酢で和える。ごま油で葱と生姜を熱し、しめじと少量の挽肉を炒め、白だしと少量の砂糖、水を加え、片栗粉でとろみをつけて、レンジであたためた豆腐にかける。なめこはざっと湯がいて味噌汁に仕立て葱を散らす。
三ヶ月ぶりなので担当の美容師はいささか恨みがましく、まだそんなに崩れてませんね、僕がカットしたからですかね、でももっと早く来てくれてもいいですよ、という。仕事がどうもひどくてと私はこたえる。昨日は暇だったんですが寝て過ごしました。
そりゃ寝るほうがだいじですと彼は言う。髪の毛なんか寝たあとでいいです。あんまり崩れると社会的にあれですけどこれくらいの長さがあればアップにできるし、そしたら半年くらいアップで生きていってもぜんぜんいいと思います。髪なんか暇があるときに切りゃあいいんです。美はおまけです。
び、と私は言う。鏡のなかの死神みたいな美容師は乾かしたばかりの私の髪をあちこちつまんでなにやら検討しながら、美です、とこたえる。すべての人の中に美があります。僕はかなりのキモメンですがしかし僕の中にもまた美はあり、それは引き出されるべきものです。
たしかに彼はひどく痩せさらばえており造作も整っているとはいえない。歳相応の皺もあるのでなんというか荒涼とした顔だ。でもその異様な感じがスタイルとしてまとまっているので、なるほどと私は思う。毛先巻いてますかと彼は訊き、おおむね、と私はこたえる。三ヶ月前に、後生ですから毎朝アイロン使ってくださいと頼まれたのだ。後生って口語で使う人はじめて見た。
後生だから毎朝巻いてください、後ろの髪はこう、大きい巻きでふわっと、根元から、後頭部だけ根元からです、だってこんな絶壁じゃないですか、隠そうよ、あとは毛先だけ、こんなふう。いいでしょ、すごくいいでしょう、槙野さん顎と頬のあいだのね、ここが下品なんです、噛んで動くところ、そこがいいのかもしれないけど、一般的には隠したほうがいいです、髪で。僕が女でそんなだったら毎日毛先を巻くしときどきちょうストレートにする、こんなみっともないくらい健康な髪をして、そしたらメイクはそんなじゃなくって、そんなありふれたのじゃなくって、どうしてそんな顔して平気でいるんですか、どうして笑うんですか、なにか可笑しいですか。
彼はそのようによく喋るので私は適当に頷きながら積み上げられたファッション誌を三冊消化する。Webから予約すると美容師がにぎやかにしていたほうがいいか静かにしていたほうがいいか選ぶ欄があり、初回に静かなほうを選んでみたところ、彼はものすごく申し訳なさそうに、すいません話してもいいですかと、ずいぶん小さい声で言った。遠慮して小さい声を出しているらしかった。僕喋らないと死ぬんです。いや死なないですけどその、比喩的に。どうぞとこたえると彼はたいそう喜んで三回礼を言った。きっと髪を切るあらゆる人の容姿をうらやんで毎日を過ごしているのだろう。幸福な仕事だ。
私は自分の髪を切ってくれている人の名前を知らない。最初にもらった名刺をなくした。Webで指名なしの予約をすると同じ人が出てくる。たぶん同じ人だと思う。ただWebに掲載されている写真の人々はみんなもっと健康的に見える。誰かが痩せたのだろうと思う。
以前通っていた美容室の担当の人がいなくなったので新しい美容室を探して気に入ったところに通っているけれども、もしかするとあの美容師さんもいなくなっていないのかもしれないと思う。
きのこあんの残りを冷凍し、ブロッコリーの残りを冷蔵庫に入れる。