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2011年10月26日
給湯室で半ば放心しながらポットに湯を入れているとYさんが通りかかってさわやかにはははと笑い、槙野さんどうしていつも電気つけないのと言って給湯室の灯りをつける。私はあいまいに笑いいつも忘れるのですとこたえ、半身を引いたことがばれないようにもう少し大きく笑う。
Yさんは常時さわやかで誰にでも親切だ。近くのコンビニでおばあさんのためにドアを開けてあげているのを見たこともある。仕事もたいへんできる。なんでも裕福なおうちで育った帰国子女で三ヶ国語を話すことができるのだそうだ。そんなだから、Yさんを悪く言う人はいない。
Yさんのさわやかな笑顔をはじめて見た瞬間、映画とかだとこういう人が実は連続殺人犯だったりするんだよね、と思った。もちろん冗談だった。私の内面の冗談。
しかしふだんの仕事で接点がなくただ職場の背景に時おりかすめる要素のひとつとしてそのさわやかな笑顔を見つづけるうちに、私の中のYさんの顔をした連続殺人犯はどんどん存在感を増していった。Yさんはどうしてか二十二歳の男性と二十一歳の女性、それに五十四歳の男性だけを殺す。そこにはYさんにしかわからない必然があり、彼はその内的な動機だけにしたがって粛々と人を殺し続けている。しかし目撃された場合にはそのかぎりではない。必然のない殺人を彼は好まないが自衛のためにはやむを得ない。