December 2011
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一人に「死ね」って言われるのが待ち針の先で刺されるくらいだとして、同じせりふを百万人から合唱されたら、致死量かな。
私は過度に倫理的であり、過度に他人を尊重する。それによって安定している。私の持つ倫理は、根拠のない出来合いの規則である。根拠があると、根拠の根拠が欲しくなる。その誘惑から逃れるには、無根拠な調教を自分に施すしかなかった。感情が過剰なのだ。
自分を幾重にも縛らないと、私はどこかへ落ちてしまう。あるいは、拡散して消えてしまう。
文体は小説にとっての声と容姿だ。どれだけ中身がひどくても、それが美しいだけで最後までつきあってしまう。
私やさしくできないのに、なにもできないのに、あの人は勝手に与えてばっかりだ。犬でも飼うみたいに飼えると思ってるんだ。それで私が平気だと思ってる。もらってばかりで、頭撫でられて、それでいい気になれると思ってる。
(N.R.のメールより)
彼の快活さはときどき、化粧室の芳香剤みたいに思える。
郊外のシネマコンプレックスは馬鹿馬鹿しいほど大きくて、アメリカンだなあ、と何度でも思う。
大きくて変に無神経で簡単に人をつかまえるものが、私にとってのアメリカンだ。実在のUSAとはほとんど関係ない。不健康なほど清潔な、剥がしたくなるほどにこやかな、痛々しいほど均質な。そういうもの。
自我を保つなんてもの凄く面倒なことだから、誰かに丸投げしたくなる。 それを表面化させることを「甘え」って言う。自分のために何かしろという要求なんかじゃなくて。
だからこそ私たちは自分と似ていて、しかも自分を補うような相手を求める。かつて人間は二人でひとつの丸い生き物だった、というファンタジィを語る。あなたはわたし。わたしはあなた。
なんで女の子にするわけと彼は言う。私は少し驚いて、読んでるんだ、と言う。彼は不愉快そうに眉を歪めて、それがなにか、と訊く。うれしいと私はこたえる。読まれるのって好きだよ。リアル知りあいの人々には槙野さんのブログあんまり評判よくないから、余計にうれしいな。 俺の評判もよくない、と彼は言う。あらまあと私はつぶやく。それは残念。いやなら消します。あなたの言動を切り貼りしたエントリは全部消去してもいい。私がそのように提案すると彼は鼻で笑いばかみたいな量のコピーが発生してるのにオリジナルに意味なんかないと言う。私は少し笑う。ごめんなさいね。インターネットのせいなの。考えなしに浅はかにインターネットを使ったせいなの。情報化社会っておそろしいですね。
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憎悪の発見
「傘をひらいて、空を」『憎しみを捨てる』第一稿。陰惨すぎるので語り手を「彼」から「上司」に改稿しました。そしたら一行も残らなかった。
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同期の青木が書類を持って彼の横を通りすぎようとした。そういえばもう青木ではないはずだった。彼はデスクの上の厚いファイルを両手でつかみ彼女の頭を横ざまに薙いだ。鈍い音がした。文房具もそれなりに凶悪な使いかたができる、と彼は思った。彼女は消えた。彼は安らかな気持ちになり、作業に戻った。スマートフォンが会議十五分前のアラームを鳴らした。
彼はアラームを止めて上半身を起こす。会社にいるのではなかった。起床して支度をするところだった。彼はファイルについて考えた。それはたしかに彼のデスクにあった。出社したらしまっておこうと彼は思った。気に障る夢だ。
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November 2011
16 posts
ああもし自分が高校生の男の子でこんな人を好きになってしまったら大変なことだ
– http://d.hatena.ne.jp/ichinics/20111130/p1
帰宅して大根を剥き下茹でしながら烏賊を輪切りにしていると二年前に何度か食事を断った人からFacebookアカウントに申請が来る。
私はそのサービスをほとんど使っていない。何人かから使わないのに文句を言われてかたちだけ登録している。申請がいくつかそのままになっている。 ソーシャルメディアは嫌いだ。それが出現したころから嫌いだ。私はインターネットの書きちらかせるところが好きでみんなみたいに他人のこと考えてない。他人のこと考えるなら目の前にいてくれなくっちゃいやだ。会って話してよ、関係ってそれしかないよ、メールは嘘、電話は嘘、インターネットはもっと嘘。インターネットにあるのはぜんぶ、コンテンツだ。人はいない。私もいない。文字列。私はそれが好きだ。
会って話したくない人の申請は削除する。それはフィクションだ。だから削除できる。下品なくらい濃い鰹だしと醤油と少しの砂糖と酒で大根と烏賊を煮る。